地域交流

ホーム > 地域交流 > 長刀鉾の由来

地域交流

当社は京都の様々な地域文化や行事と結びついています。中でも、京都本社は長刀鉾町の中心地にあり、「祇園祭」の主役ともいえる「長刀鉾」を支える保存会の役員企業として祭礼行事に深く関ってまいりました。
祇園祭は869年、京の都をはじめ全国各地に流行した疫病退散を祈願して始められた「祇園御霊会(ぎおんごりょうえ)」が起源です。今では、祇園祭山鉾巡行は“動く美術館”として、世界に誇る祭りのひとつに数えられています。当社は、今後とも地域との交流を重んじ、財団法人長刀鉾保存会の一員として、「長刀鉾」の保存と継承に向け、最善の取組みをしてまいります。
長刀鉾の由来
長刀鉾01(祇園祭)長刀鉾02(祇園祭)長刀鉾の名は、鉾の頂に三条小鍛冶宗近作の大長刀を飾ったことに始まります。宗近は一条天皇永延 (987〜989) 頃の刀工で、三条一派の祖。左大臣頼長の佩刀小狐丸鍛造に冠する謡曲「小鍛冶」などが有名です。

平成12年、天井幕「彩雲紋刺繍」を新調。続けて平成16年168年ぶりに見送り「雲龍波濤文様」綴錦を構造。
平成19年、252年ぶりに下水引「緋羅紗地五彩雲麒麟図刺繍」の後面を復元。
伝説
長刀は宗近が娘の病気平癒祈願のために奉納したもの。ところが、身の丈抜群で勇猛絶倫の和泉小次郎親衡が、この太刀を懇望し、一時は愛用しましたが、何かと不思議なことが起こり、神仏を私する非を悟り再び返納したと伝えられています。
三条小鍛冶宗近作の大長刀
実物は町内の宝物として秘蔵されており、実物を見ることは出来ない。その拓本は一枚だけあり、下京区松原中野町町家に扁額として保存されています。
三条小鍛冶宗近作の大長刀
構造
重量約11トン
高さ地上から長刀の上まで約25メートル
車輪約2メートル
鉾屋根長さ約4.5メートル  幅約3.5メートル
石持音頭取の立ち台が乗る。
音頭取曳子の指揮者2人。(辻廻しの時は4人)
屋根方屋根の上に乗って真木の揺れを調整したり電柱や建物に当りそうな時は足で防ぎます。
囃子50人  稚児・禿とその父、稚児係など約50人が乗ります。
曳子50人
その他建方・車方など多数が必要。
長刀鉾/構造(祇園祭)
組立て
長刀鉾 組立て01
長刀鉾 組立て02
地域交流
長刀鉾の由来
長刀鉾のお稚児さん
長刀鉾のお囃子
ページの先頭へ